月の色に染まる

アクト×アキ

先程からアキがアクトの後ろを行ったり来たりしている。作業をしていると言うよりは考え事をしている風だ。横目でその様子をうかがい見ていると、突如、アキが決心したような顔でアクトの方へ向かってきた。卓袱台を囲む四つの座布団からアクトの斜め前に当たる位置を選び正座をする。身体はこちらを向いており、さすがにアクトも気づかないわけがなかった。

「あの……」

なんだとたずねようとして、先にアキが口を開く。

「考え事してました?途中にごめんなさい」
「……なんだ?」
「はい。アクトさんに聞きたいことがあるんです。この家の事なんですけど……」

黙って続きを待っていると、アキはひどく思い詰めた顔をアクトに向けた。

「ここって、居心地悪いですか?」

アクトは二、三度目を瞬いてアキの言葉の真意を探ろうとするが、どうやらそのままの意味らしい。

「別に」

どうしてそんな事を聞いてくるのか不思議だった。居心地が悪ければこう頻繁に足を運ぶわけがない。

「そうですか。それなら良いんですけど。この頃、お茶どうですかって誘っても皆さん二階に上がってくれなくて。外へお茶しに行くのは良いみたいなんですけど、集金を考えるとあまり贅沢できないし……」
「皆さんって誰だ?」
「親衛隊の皆さんです」
「毎回茶に誘ってんのか」
「毎回じゃないですよ。でもお話したい時とか、差し入れ下さった時とか」

奴らがアキに興味を持っているのは気がついていたが、アクトの知らない所でそんな事になっていたとは。アクトは差し入れなんて今まで一度もした事がなかった。まじまじとアキの顔を眺めてみる。食い物に弱そうな顔をしていた。甘い物を頬張る時の油断しきった顔が思い出される。もしアクトがアキの好きそうな何かを用意したら、アキはどんな顔をするだろうか。花のような笑顔で受け取るアキを想像して、アクトはばっと顔をそらした。

「そんな事、直接聞けよ」
「それは、そうなんですけど……聞きたいと思ったのはアクトさんなのよね……」
「何か言ったか?」
「い、いいえ!あ!お茶いれますね」

少しして出てきたのは砂糖もミルクも用意されていない紅茶だったが、不思議と中身はいつもアクト好みの味だった。カップとソーサーはいつだったか、アキが買い物の最中にこれなんてどうですかとすすめてきた物で、いつの間にかアクト専用になっている。それと対になっているのはアキの持っているそれだけだと思い込んでいたが、違うのだろうか。遠目に食器棚を見てみる。アクトとアキのそれ以外はいたってシンプルだ。ふと、他の人間がアキをここから連れ出したがる理由がわかった気がした。口の端をあげてふっと笑う。カチャンと音のした方を見ると、アキが片手に持っていたカップを受け皿に置いた音らしかった。アキはアクトを凝視したまま固まっている。

「おい、こぼれてる」

そばにあった布巾を取ろうとすると、身を乗り出して同じ布巾を取ろうとしたアキの手がアクトの手の上に乗った。アキは一段とあたふたしており、離れようとする手首を捕まえるのは簡単だった。

「ボケっとするなよ。手、かかってないか?」
「へ、平気!……大丈夫です」

言った通り、紅茶がこぼれたのは卓袱台の上だけだったようだ。アクトが一人納得していると、アキが何か言いたそうにしていた。

「アクトさん…………近い……」

絞り出すような小さな声がアクトの耳に届く。手を持っているのはアクトだが、はたから見ればアキがアクトに迫っているような体勢にも見えた。どうりで離れたがっているわけだ。アクトが少し力を入れただけでアキはバランスを崩し、アクトの腕の中にすっぽりと収まった。

「わ……ごめんなさい」
「これ以上惚けてたら、どうなるかわかるだろ」

言ったそばから当惑して隙だらけのアキに、アクトは自分でも驚くほど心が穏やかなのを感じていた。




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