彼の本質

シン×主


風がひと吹きして、チャイムを鳴らす前に整えた前髪がまた左に片寄った。めげずにもう一度手櫛で形を整え、何となしに後ろ髪にも指を通す。ある箇所に近づくと指が勝手に動く速度を緩めた。怪我をしていた時についた癖だ。もう痛みは感じないし、不自然な膨らみも無くなっているのに、なんとなく触れるのをためらってしまう。人の足音がして扉がこちら側に開くと、いつも通り無愛想な顔をしたシンが現れた。

「お前、それ暑くないの」
「うん、平気」

異常な冷夏はどこへ行ったのか、8月よりも暑い9月をむかえ前を歩くシンは半袖姿だったけれど、空調のきいた部屋ではカーディガンを羽織っているくらいがちょうど良い。

「課題もう少しで終わるから適当にくつろいでて」

シンが机へ向かったので、邪魔をしないようにベッドを背もたれにして腰を下ろした。時間つぶしのために買ってきた雑誌には秋の行楽特集とか、大型テーマパークのハロウィンイベント大攻略なんて言う文字が並んでいる。興味は大有りだったけれど、受験を控えたシンにあまりわがままを言うわけにもいかない。目を閉じて頭の中で想像するにとどめておいた。とろい、とかなんとか言いながらも手を引いてくれるシン。ジェットコースターを気に入って何度も乗せようとするシン。おそろいのかぶり物をつけようとねだって、散々嫌がった末に今日だけだからと渋々うさぎの耳をつけるシン。……最後のはちょっと無理かも。

「何寝ながらニヤけてんの」

予想外の近さで発せられた声に体が強張る。目を開けて寝ていないと言えばよかったのに、とっさの事で声が出ない。突如目の前に現れた人の気配は退き去る様子もなく、私の後ろ髪をすくいあげた。こう言う時は動かないに限る。いくらシンでも寝ている人間に手を出すはずはない。けれど、しばらくすると髪に触れていた手が腕にうつり、今度はカーディガンと素肌の間に指を滑りこませてくるではないか。

「や、」

恥ずかしさとくすぐったさに耐えきれなくなり抗議の声をあげる。シンは驚いた顔をしてぱっと手を引っ込めた。

「あ。悪い」

てっきり無防備にしているのが悪いと言われるものだとばかり思っていたので、シンのたじろぐような反応は想定外だった。いつもは何の遠慮も無しに迫ってくると言うのに、今の謝罪はなんなのか。真正面にいるシンはもうで何でもない顔に戻っているけれど、だからこそあの一瞬の反応にいつもと違う何かを感じてしまう。

「何しようとしたの?」
「別に」
「別に、ってシンは理由もなしに人の髪の毛に触ったりカーディガンをめくったりするんですか?」

意地悪く問いかけると、シンは嫌そうな顔をして寝てたんじゃなかったのかよ、と呟いた。黙ってしまったシンを見つめる。そらされていた視線がゆっくりとこちらへ戻ってきた。

「お前すっかり元気っぽくしてるけど、本当に怪我が治ったのか気になってた。こんな暑いのに上着脱がないから傷跡が残ってて隠してるんじゃないかとか、さっきも頭打ったあたり気にしてるからまだ痛むんじゃないかとか。聞いたって言わないだろうから寝てる間に確認しようとした。いつもはちょっと触るだけでもビクつくから、まさか寝てるフリしてるとは思わなかったけど」
「びっくりして動けなかったの。しようと思ってしたんじゃなくて」

と、言いたいのはそんな事ではない。つまりシンは心配してくれていただけだったのだ。やましい事をしようとしていたんじゃないかと疑ってしまった事を後悔する。目の前のシンが無性に愛おしくなって、その頭を胸元に抱き寄せた。滑らかな黒い髪に頬をすりよせる。背中に腕がまわってきて抱き返されたのがわかった。くっつくのをやめて体を離す。つながっていた視線を自分の右腕で遮ると、服の袖をまくった。

「何にもなってないでしょ」
「ん」
「頭も痛くないよ」
「本当?前よりバカになってるんじゃない?」
「なってないよ。また失礼なこと言う」

いつもと変わらないやりとりだと言うのに、ふっと柔らかく笑うシンにいつも以上にドキドキする。次の瞬間には逆に頭を引き寄せられ身動きを取れなくなっていたけれど、それも良いような気がした。なんか調子狂う、とこぼしたシンの表情を想像する。きっと優しい顔をしているんだろうと思った。
















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