通い慣れたアパートの一室で呼び鈴を鳴らす。中からの反応をそわそわと待っていると、唐突に扉が開かれ、家主がアキを招き入れた。寝起きだったのか、しかめっ面で頭をかくアクトにアキは苦笑いして一歩足を踏み入れる。不意にアクトの目が見開かれ、アキをじっと見た。立ち入りを許されたはずなのに、玄関先で行く手を阻まれている。アキはその場から動かないアクトに遠慮がちに問いかけた。
「……あがっていい?」
アキの問いかけには答えず、アクトがアキの腕を引っ張る。アキは抵抗できず前のめりになると、そのままアクトに身体を預けるような格好になってしまった。
「なんか甘ったるい匂いがする」 「え?」
頭上から降りかかる声に、アキは目を瞬く。何の事かひらめいて顔をあげると、すぐそばにアクトの顔があった。
「今日、調理実習でチョコケーキを作ったの」 「へえ」
「ただ、私が作った分は持ってこれなかったんだけど……タカミが全部食べちゃうから……」
アクトは黙ったまま少し首を傾ける。アキは話を続けた。
「タカミって言うのはクラスメイトでね、最初はからかわれるばっかりで苦手だったんだけど、すっかり懐かれちゃったみたいで」
困ったような顔をして笑うと、アクトが顔をしかめる。
「そいつ、男か?」 「うん。そうだけど」
アクトはアキの腕を離すと、そのまま部屋へと踵を返してしまった。アキも靴を脱ぎ、慌てて後を追いかける。
「ま、待って」
アキが呼びかけると、アクトがその場で立ち止まった。
「アクトさんの分は、もうちょっと待ってね。まだ、練習中で……その……」
アキが言いづらそうに顔を俯かせると、少しして、頭にぽんと手を置かれる。目を合わせた時のアクトの表情が予想外に柔らかく、アキが頬を赤く染めると、アクトが今度は意地悪そうに口の端を上げた。
|